事例紹介
2025.10.2
- 愛媛
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愛媛の医療DXをリードするHITO病院
「愛媛で医療DXについて知りたいならまずこの病院へ」といわれるほど、県内の医療業界において大きな存在感を示しているHITO病院。愛媛県四国中央市にある病床数228床の地域中核病院だ。
地域在住の人々が住み慣れた町で安心して健康に暮らしていけるよう、「いきるを支える」未来を創り出す「未来創出HITOプロジェクト」を実施し、スタッフ全員へのiPhoneの貸与やチャットの活用、Copilot for Microsoft 365などの生成AIの活用、スマートベッドコントロールによる病床管理など、さまざまなDXの取り組みを行ってきた。
- 人手不足のなか現状の医療体制を維持するには
- 始まりは2017年頃。医師の引き上げで、脳神経外科の常勤医師が篠原直樹氏1人になった時期があった。HITO病院はその前身である1976年(昭和51年)設立の石川病院の頃から、特に脳卒中などの早期に治療が必要な脳の疾患において、地域の救急医療を担ってきた歴史を持つ。その矜恃を持ちながらも、現実的に1人の医師のみで救急医療と通常医療をどう両立していくのか。喫緊の課題として、現状の体制のまま増員が可能になるまでなんとか耐えて維持していくのか、止むを得ず縮小していくのかの選択を迫られた。
縮小するのは簡単だし楽にはなるが、縮小してしまったらおそらく今後人が増えることはないだろうと思えた。人手が足りないなか、どうすれば現状維持ができるのかと考えたときに辿り着いた答えは、新しいテクノロジーを活用して業務の効率化を図ることだった。 - 医師との連絡にチャットを活用
- 診療・治療は医師を中心として、看護師や薬剤師、リハビリスタッフ、検査技師など多数のスタッフが関わる。医師は診療・治療を行いながら、他のスタッフからの問い合わせや報告などの対応をこなすことになる。医師が1人だとそれが全てその1人に集中する。緊急の治療中には対応できなかったり、対応によって診療が中断されたりするが、頻度が高ければ医師自身にも、そして医師の指示を待たなければならないスタッフにもストレスとなる。
そこで篠原氏は、当時企業で使われていた業務用のチャットを活用してはどうかと考えた。スマートフォンでのチャット利用はすでに社会的にも普及しており、それほど抵抗感はないのでは……。
経営企画室の佐伯潤氏とも相談し、まずは脳神経外科で試験的に導入してみた。スタッフ全員にスマートフォンを持ってもらい、今まで電話で行っていた問い合わせや報告をチャットでも行えるようにしたのだ。チャットツールは、大掛かりな研修などを行わなくても使えるよう、すでに社会で広く利用されているサービスを導入した。 - チャット活用の大きな成果
- 看護師などの医療スタッフは、問い合わせや報告の内容を随時チャットに入力する。医師は自分のタイミングでそれを確認し、指示・回答や承認をする。すると、電話によって診療を遮られることが少なくなり、効率的に情報共有できるために医師のストレスが軽減。スタッフも医師の業務状況を気にしながら電話したりどこにいるか探したり、情報共有のために逐一ミーティングを行ったりする必要がなくなった。医師への確認が迅速に取れることで、結果的に業務も早く効率的に進むようになった。
チャットの利用は強制ではなかった。医師に確認を取る方法の選択肢のひとつとしてチャットを導入したが、内容や緊急度によっては今までのように直接話したり、電話したりもする。
しかし蓋を開けてみれば、
・1対多のコミュニケーションが可能
・情報伝達・共有が迅速に行える
・時間・場所に縛られない
・自分のタイミングで確認・返信できるため仕事のリズムを自分で組み立てられる
など圧倒的にメリットが大きく利便性が高まったこと、世代を問わずモバイル機器やSNSの操作に慣れていることなどから、チャットの利用はスムーズに普及。今では業務になくてはならないツールとなった。コミュニケーションの量は5年で10倍以上と飛躍的に増えたという。
また、スムーズな情報伝達や業務効率向上などの複数の効果から、医師もその他の医療スタッフも時間外労働や休日の呼び出し、ちょっとした時間のロスが減った。結果として、心身ともに負担感が減り、患者に向き合う時間が増えたり、より丁寧に診療やケアを行えたりと、より良い医療の提供につながった。 - 成功した取り組みを病院全体へ
- 脳神経外科での試みは大きな成果を生んだ。スタッフへのスマートフォンの配布にはコストがかかるが、チャットでの業務効率化でより多くの時間を患者のケアに割けるようになると、収益も上がる。ランニングコストを回収できる可能性も十分ある。
そこで、この取り組みを他の診療科へも展開していった。2019年には1人1台の業務用iPhoneを貸与。この際、機器はキャリアからレンタルすることにした。導入時の費用が低く抑えられるほか、導入支援を受けられたり端末補償をつけることができたりするのが利点だ。
また、入力補助・支援として音声入力や生成AIも順次搭載。まだ全員が便利に使っている段階ではないが、これも強制ではなく使いたいスタッフが使えるようにしている。 - ネットワーク型組織×ピラミッド型組織の融合
- このように、上層部で検討・決定したことを小さいチームで始め、効果を確認しながら成功した取り組みを横展開していくという流れは、その後も踏襲されている。
どの病院にも共通している課題だが、DXの専門的な知識を持つ人材を確保するのは難しい。また、費用や時間をかけて独自のシステムを開発しても、それが成果を生むまでには新しいより優れたテクノロジーが出てくるかもしれないし、そもそもスタッフに受け入れられるかはわからない。費用対効果がどれくらいあるかもやってみないとわからないが、迅速に課題解決をしていかなければ経営自体が立ち行かなくなってしまう。
現在、HITO病院では石川賀代理事長をトップとして篠原氏がCXO(Chief Transformation Officer)兼CHRO(Chief Human Resource Officer)、佐伯氏がCIO(Chief Information Officer)、そして病院長(COO:Chief Operating Officer)と最高財務責任者(CFO: Chief Financial Officer)の5名が主力となり、週1回のミーティングのほかチャットを活用してさまざまな課題解決につながる検討や承認を行っている。
そこで決定した施策は、まず課題解決を必要とする関係者チームに取り組んでもらう。このときにうまく機能するのが、全員が業務用iPhoneを持つことで築かれたネットワークだ。少人数で意思決定して関連するスタッフに通知し、経過・成果をフィードバックしてもらったり成功体験を共有しあったりという一連の流れが、より迅速に行えるのだ。
そして成功例を横展開していくときに活きるのが、従来の病院で築かれていたピラミッド型組織。今は高齢化社会で患者が増えるなか、少ない人手で今までと同等もしくはそれ以上の医療を提供していくことが、最優先で解決すべき課題だ。質の高い医療を生み出す時間的・精神的余裕を創出するための働き方改革は、トップダウンで取り組んでいったほうがしっかりと定着する。従来のピラミッド型組織とDXで構築されたネットワーク型組織の融合が、これからの病院に求められる形なのではないかと篠原氏は考えている。
- DXは職員の定着・採用にも効果が
- HITO病院のDXの積極的な試みは、職員の定着にもつながっている。
新人看護師にはiPad miniを渡し、新型コロナウイルス流行以降の研修の不足をeラーニングで補っている。
またチャット導入以前、医師に電話で問い合わせをするのは新人看護師にとってなかなかハードルの高い業務だった。まだまだわからないことも多いうえ、確認したい内容を一度リーダーに伝え、さらにリーダーから医師に電話をしてもらうというひと手間をかけていたからだ。
それが現在では、医師はもちろんリーダーも確認できるグループチャットにいつでも自分で投稿できるほか、画像をつけてより具体的な確認もできるようになった。「医師に連絡して確認する」という業務内容自体は同じでありながら、そのハードルが低くなったことは業務を遂行する上での安心感につながった。実際に、DXが機能し始めてから新人看護師の離職はほとんどないという。
さらに、HITO病院の取り組みはいくつものメディアで取り上げられていることもあり、遠方からも就職希望者が来るようになった。「記事を見てこの病院で働きたいと思った」「病院のDXに取り組んでみたい」といった声もあるという。 - 「ナチュラルな働き方」を実現する改革
- もちろん、DXは医師の働き方改革にも寄与している。貸与端末は基本的には病院に置いて退勤するが、医師等一部の職員は、希望をすれば安全講習をしたうえで誓約書を交わして家に持ち帰ることができるようにしている。そのため、端末にはしっかりセキュリティ機能をつけている。位置確認機能で紛失しても場所を特定できるほか、2段階認証でロックがかかっており、いざというときには外部からもロックをかけられるため、部外者が簡単に見られないようになっている。
オンコール対応をする医師は、チャットで内容を把握し、本当に必要なときはもちろん至急向かうが、そうでないときはチャットなどで当直医に依頼する場合もある。必要であれば、外部にいながらモバイル電子カルテを確認することもできる。
また、医師を呼び出す側も、口頭では伝えにくい患者の状況を画像などの検査結果も含めてモバイル電子カルテだと情報共有でき、具体的な指示をテキストで確認できるため、メモを取る必要がないのである。
目指しているのは、各個人に合わせた「ナチュラルな働き方」だ。その人の持つ専門知識や強みを活かせれば、さらに生産性を上げることができる。少人数で高い生産性を持つ働き方を実現するために、DXで余裕を創出するのだ。
HITO病院のある四国中央市は県庁所在地から離れており、若年層の地元への定着は重要な課題だ。その解決策のひとつとして、DXは有効だと示されつつある。 - DXの成功を地域医療へ
- HITO病院の意識は、自院の業務改善・働き方改革からさらに展開して、地域医療への貢献へも向けられている。HITO病院が地域医療を担う宇摩医療圏は、人口の減少とともに高齢化が進展している。若い働き手が減少するなか、増加する医療ケアや介護のニーズに応えていくことが求められるのだ。
2023年、HITO病院ではスマートグラスとネットワークカメラを連携して入院患者の見守りを行う実証実験を行った。病室に設置したカメラの映像をスマートグラスに投影し、遠隔でも患者の様子を確認できるようにすることで、昼間よりも人員が限られる夜間帯の看護における負担を軽減することが目的だった。
篠原氏は、この「ハンズフリーで遠隔支援ができる」というスマートグラスのメリットを、在宅医療・介護に活かせると考えている。訪問看護師が1人で患者の自宅を訪問した際、病院や外部の専門職とつながり、空間を共有しながら双方向のコミュニケーションをとることができるようになると、患者も医療スタッフも双方が安心できる。
また、病院併設や医師常駐でない介護施設などでの利用も考えられる。施設の看護師が困ったとき、病院の医師に遠隔で確認してもらいながら相談できる体制があれば、施設入居者や看護師が安心できる一方、医師も軽症での往診がなくなり時間の有効活用や負担軽減につながる。 - 新しいことが苦手な人にもICTでのサポートを
- 2025年3月には、高齢者の自宅テレビを活用した訪問看護のオンコール業務効率化に関する実証実験も行った。山間部などに独居している高齢者の場合、自力での通院・通所も訪問看護・介護も、双方ともに労力が大きい。また、高齢者にとって新しいデバイスは使いこなすのが難しく、スマートフォンなどを利用した支援は浸透しにくい。
そこで、80代や90代の高齢者でも親しみのあるテレビに、ビデオ通話ができるようにする機器を設置し、カメラを通じて得た映像をもとに訪問看護師が患者の容態確認を行えるようにした。 - 行政主導で地域全体の医療DXを
- さらに現在、市内で活動するケアマネジャーにスマートフォンを持ってもらい、チャットを活用してケアマネジャー同士や行政、医師、訪問看護師とつながるようにできないかと、四国中央市に働きかけているという。
相手が高齢者であるため、介護の現場においても医療との連携は不可欠だ。現状では、患者が医療機関を受診する際にケアマネジャーが同行して気になっていることを医師に直接質問する、あるいは書面でやりとりすることが多い。しかしそれでは、短い診療時間内で聞きたいこと全てを聞くことが難しかったり、同行・書類作成のためにスケジュール調整が必要だったり、時間や手間がかかったりといったデメリットがある。その点、現在HITO病院で活用しているようなチャットシステムでつながることができたら、お互いに隙間時間でやりとりできるようになる。
このようなシステムを導入する場合、病院単位、グループ単位など個別に課題に対応してそれぞれのシステムを入れていると、いざ成功例を地域に展開していく段階になるとつながらなくなってしまう。
同じ問題は、電子カルテの普及で起こっている。現在ようやく「標準型電子カルテ」の開発・普及が進められるようになっているが、各医療機関で規格の異なるメーカーの電子カルテシステムを導入していった結果、異なる医療機関間で患者情報の連携に支障があるケースが出てきているのだ。
行政や各医療機関・介護施設や関係者がシームレスにつながることで、より効率的で質の高い医療・介護の提供が可能になる。そのために相互に連携する必要があるし、その実現にはデジタル化が不可欠だ。現在厚生労働省が「電子カルテ情報共有サービス」を推進しているが、行政が主導して初めから施設間で相互連携する前提でDXに取り組めるような仕組みができれば理想的ではないかと篠原氏は考えている。
社会医療法人石川記念会HITO病院 理事長
石川ヘルスケアグループ 総院長
石川 賀代 様
社会医療法人石川記念会HITO病院 脳神経外科部長
DX推進室 CXO 人的資本経営推進室 室長 CHRO
篠原 直樹 様